うめりのBLOG

ヨガ、アロマ、簿記が趣味のミニマリスト雑記ブログ

ラーメンで辿る思い出

今週のお題「ラーメン」

 

思い出に残るラーメンは、いくつかあって。

当記事は完全に独り言。

敬体ではなく常体で書くことにする。

 

小学生の頃に母が作ってくれたサッポロ一番、そしてそれを真似て初めて自分で作ったサッポロ一番

 

中学生の頃にちょっといじめられて、学校へ行きたくなかった日に母が仮病で3日間休ませてくれて、3日連続お昼に出前で取ってくれて食したこってりラーメン。

私はその3日目に全身に蕁麻疹が出、病院へ行くことになった。

ラードが私の身体には荷が重いのだろうとの診断で、それを聞けたから今後の自分の食生活において気を付けたいポイントがひとつわかってよかった。そして、ズル休みを許してくれた母に甘え、自制心がなかった結果、自分で自分の身体をいじめることになった。嫌だけどちゃんと学校へ行こうと思ったことを覚えている。

 

高校時代はバイト先のまかないラーメンが美味しくて。これはスープが透き通っていてあっさりしていて、お野菜たっぷりの一杯だった。自宅で真似して作り、気に入ったので妹にも振る舞った。

 

社会人になってからはもっといろいろありすぎて、書ききれないから2つだけ書いておこう。

 

ラッパーを目指す青色とシルバーの腰まで来る長い長いエクステをつけた人魚みたいなギャルに誘われてのリルキムのライブ帰りに夢を語り合ったり励まし合ったラーメン屋さんがあった。

「私、美味しいラーメン屋さん知ってるよ。」と恋人同士になる予感の彼を私はそこへ誘って行き、音楽の話で盛り上がり、

「あの曲の最初の音、逆再生なんだよね。」と彼が私に言ったすぐあとに、その曲がBGMで流れてきてあまりのシンクロニシティに二人で目を丸くし、興奮したラーメン屋さん。

恋人同士になってから、また同じラーメン屋さんへ行こうと二人で訪れてみたら、もうそのラーメン屋は存在していなかった。

えー、ないのー?残念と思ったと同時に、変わらないものはないのだというリマインダーでピリッと気が引き締まった瞬間を、すっかりその存在を消したラーメン屋さんから私は受け取ったのだった。

 

銀行で働いていたときに支店の飲み会で必ずと言っていいほどみんなで訪ねた〆のラーメン屋さんも思い出深い。

その店は、長浜ラーメンの店だった。

みんな、味に集中してか無言で麺を啜り、スープを口へ含み、必ず替え玉を頼むのだった。

ある日の飲み会で、私はラーメン屋に着く頃には車中で眠ってしまっていた。

私は車中にそっとしておかれ、みんなはラーメン店へ移動。

支店長が酒は強いわ人間の器も大きいわなお方で、なんと私の家族分の長浜ラーメンセットを頼んでくださっていて、私の両親の元へ私とお土産ラーメンを届けてくださった深夜1時、そんな日があった。

その翌日、ラーメン好きな父が長浜ラーメンセットを開封し作ってくれた。

家族で仲良く食したところ、父がめちゃくちゃ美味しいと感激した。

「本当にここのラーメン、美味しいよね。お店でみんな替え玉を頼むねん。」と伝えたところ、今度その店に行こう!と父は珍しくノリノリだった。

それから1ヶ月程経ったある日の夕方、「あのラーメン屋さんへ行くぞ。」と父は突然家族へ号令を掛けた。

家族の中で私だけがそのラーメン屋さんを訪れたことがあるので、私がナビをすることに。

ところが、私のナビはポンコツだった。

いつも夜遅くに車で連れて行っていただいただけで、実はほとんど知らない。

知っていることと言えば、〇〇市にある長浜ラーメン屋さん、看板に長浜ラーメンと書かれているということぐらいだった。車を走らせていればわりとすぐに見つかるだろうと考えていた。だがしかし、〇〇市は広かった。

なんかこんな道を通ったと思うけど、ないなあ。この辺だったと思うんだけど。

〇〇市を1時間程父に車でウロウロさせたが長浜ラーメンに辿り着かず、諦めた父はたまたま通ったラーメン店の駐車場に車を停め、「もう、見つからないからここでいいな?」と私たちに確認をし、家族はその店でおとなしくラーメンをいただき、しずかに家路についた。

携帯電話も普及していなかった時代だったので、あのときiPhoneがあったなら、父が恋した長浜ラーメンに連れて行けたのにと悔やまれる。

 

これを書いている今、〇〇市、長浜ラーメンで検索すると、それらしき店が出てきた。

ちょっと店の外観が違うような気がするけれど、30年も経っているのだから、改装されたかもしれない。

父はもうこの世にはいないけれど、私のDNAは父と母、そしてご先祖様からいただいたものなので、私が体験することは結局、父と母、ご先祖様とともに体験することであると私は信じている。

(そう信じることで、私は父の死からのショックを乗り越えた。)

ゆえに、私は暇を見つけてその長浜ラーメン店にいまさら行ってみようと今思いついた。

〇〇市を訪れる機会はもうないだろうと思っていたが、

食べてみれば同じ店かどうか、この舌で確認できるのではないかと期待している。