
定期的に母に会いに行く。
先日は、たこ焼きを一緒に作ってはふはふした。
「お母さん、たこ焼きを家で焼いたことないのよ。焼いてみたいな。」と言うので、うちに卓上たこ焼き器があるから今度持ってこようか?と言うと「え~、いいの~?重いんじゃないか?」とうれしい+心配な反応があり、全然重くないで? と私。それで私たちはたこパ日を決めたのだった。
たこパ日がだんだん迫ってくる中、母より連絡あり。
「母、たこ焼き器買いました。持ってこんでいいで」
「具は何がいいか?具材は母が前日に買っておく。入れたいものがあれば教えて」
「たこは当日買います」
「明日は何時に来れる?たこ買いにスーパー行くし駅で待ってたい」
などなど。
このときの私はまだ、母が「家で焼いたことがない」という意味をまったく理解できていなかった。
母は過去にたこ焼きを屋台で焼いたことがある人だったのだ。
母と駅で落ち合い、たこを買って母宅へ帰ると、たこ焼きのたねを私が作り、母はたこを一口サイズにカットしたり、紅しょうがなどの具材をテーブルに並べてくれていた。いざ焼き出す時、母は焼いたことがないのだから、私が焼きをリードするものと勝手に意気込んでいたら、母がピックを使いこなしどんどん焼いていくではないか。
「なんか、焼くの、めちゃうまいやん。はじめてやのにすごい。」と私。
「はじめてじゃないよ。焼いたことあるよ。昔、ダイエーの前にたこ焼き屋があったの覚えてない?お母さん、そこのお店の人と仲良くなってな。祭りで屋台出すから手伝いに来てよと言われて手伝いに行ったことがあってな。焼いてたんよ。」
「ええ!?そうなん!?全然知らんで。いつ?」
「〇〇がまだ小学校の時やったかな。」
衝撃。
たこ焼きを焼いてバイト代を貰ったことがある母を差し置いて、「母はたこ焼きまだ焼いたことないから、私が焼き焼きしてかな。」と思っていた自分の愚かさを恥じた。そもそもたこ焼きを家で焼いてみたいという母のために企画したことで母が焼くことにこそ意義があるのになんと的外れなことを思っていたのだろう。自分の思いやりのなさにがっかりした。
「なんか、マーマはすぐに人と仲良くなるよね。入院してたとき、病院中の人と仲良くなって、退院のときは病院中の人から挨拶されて、何?芸能人?と思ったって、〇〇ちゃん言ってたよ?」
「あー、そんなこともあったかな。あ、そうそう、この間銭湯でね、傘が傘置き場から抜けなくなって、近くにいた若い兄ちゃんにお願いしたら助けてくれたねん。それがさ、母が入れたところになんと3本も傘が入ってしまっていて、それで抜けなかったねん。びっくりやろ?」
「えー、3本も?そんなことあるんや(◎_◎;)助けてもらえてよかったね。やさしいお兄さんでよかったやん。」
「いや~、お風呂入りに来たところ申し訳ないと謝って。あ、これもういいんちゃう?焼けたで。」
こんな調子で2人でたこ焼きを計50個くらい焼き上げ、10個程が残ったが、それは次の日の母の朝ごはんとなった。

母から「朝、たこ焼き温め直して食べたけどめちゃおいしかった!血糖値も悪くなかったわ」と翌日報告があった。たこ焼きは小麦粉を使うぶん糖質が高いと聞く。今回使ったたこ焼き粉の炭水化物は100gあたり74.4gでその2倍の量使用。たこ焼き粉だけで考えると74.4×2/50=2.976g/個。母が入手したたこ焼きプレートの穴がかわいいサイズで小さめのたこ焼きだったから1食あたりの糖質を少し抑えることができたのかもしれない。またたこパしようねと話し合った。
その後、先週。美容院の後、西宮まで行き用事を済ませてからですっかり夜遅くなってしまったが、母の所へ顔を出した。
「運動不足なのがあかんのか、電解質が足りんのか、よく足がつるんよ。病院で先生に言ったんだけど、ポカリスエットなど少し摂ってみてもいいと言われたから、これ、アクエリアスちょっと買ってある。この間は夜中寝ている時に足がつって痛くて痛くて、汗が噴き出てきて、すごい辛くてな。この痛みを止めるにはもう死ぬしかないって思うぐらい痛かった。〇〇に話したら、なんでそれで死にたくなるなんて言うん?と言われたけど、もう死ぬしか止める方法ないって思って、本当に辛かってな。そのあと横になられへんかったから、この椅子に座って寝てた。」と話してくれた。
その椅子は、かつて腹膜に拡がる癌の痛みが強烈で横になっていられなかった父が座って耐えていた椅子。
私は、糖尿病のせいもあるんかもな、と思いながら、「そうなんや。それは、こわい思いしたな。すごいストレスやったな。足がつるって、痛いもんな。前にちょっと調べたことがあるけど、水分不足とか血行不良とか色々原因あるみたいやで。寝る時、掛布団が重いと足の筋肉が疲れてつることもあるって聞いたことがあるよ?」と聞いてみた。「いや~、布団は重くないで。これ一枚しか掛けてないもん。」そうか。
ちょっと血行がよくなるようにヨガでもしてみる?と聞くと、「やってみようかな?お願いします。」と返ってきたので、15分程度のミニヨガレッスンを行うことになった。
はい、では仰向けではじめてゆきます、と言うと、カーペットの上でうつ伏せで寝出す母。お顔が天井に向くように仰向けになりましょうと誘導。
両膝を立てて、足は腰幅に開いて。両手は体側、手のひらは天井に向けて、力を抜きます。ゆっくり自然な呼吸を繰り返して、休みます。それでは、呼吸を少し深めてゆきましょう。次の息を吐くタイミングで、肺の中にある空気を全部口から吐き出しましょう。は~。鼻から大きく息を吸って、口から吐きます。おなか、ぺたーんこにして吐き切って。もう一度、鼻から息を吸います。胸郭の広がりを感じて…と誘導し始めると、急に母が大爆笑。
どうしたん?と聞くと、「だって、なんか、おもろい。」としか返ってこなかった。急に娘の口調が変わったのがツボだったのかもしれない。
大爆笑がおさまってから、アパナーサナからエカ・パダ・アパナーサナ、ツイストなどかんたんなポーズをいくつか取ってもらった。
仰向けになった母を観察した時、肩先が床から浮いていた。小胸筋を少し伸ばせるといいなと思ったが、ツイストポーズで腕を肩の延長線上の真横に伸ばすのは少し辛そうだったので、リラックスできる位置に置いてもらった。
ふくらはぎがよくつると言う。シャヴァーサナで足の甲が伸びきっていたから、それも一因なのかなと思った。足首極力90度に近づけておいた方がいいんちゃうかなと言った。
短いヨガの時間だったが、終わると、「あー、なんだか気持ちよかったわ。」と言っていた。椅子に座りながらできるヨガもあるよと、踵の上げ下げを呼吸に合わせて行うレッスンも行った。翌日、普段しない動きをしたからどこか違和感が出たりしていないだろうかと思い電話したところ、「いや、全然大丈夫。なんか昨日、階段を上がるとき、すごい足が上がりやすかった。踵を上げ下げするの教えてくれたやん?それだけちょっと続けてる。」とのこと。
過去に経験した物事はいつ役に立つかわからないものだなと思った。
母20代でのたこ焼き屋でのアルバイト経験。
娘40代でのヨガインストラクター経験。
経験というものはしっかりDNAにでも刻まれているのだろうか。
かんたんなヨガ誘導だったから当たり前とは言え、ヨガインストラクター業から離れて数年経つのに準備なしで意外とすらすら言葉が口から出てくることにちょっと驚いた。
無駄に経験してきていなかったのだ。
生きている間しか経験できない。健康でいる間は行きたいところへ行けて、したいことができる。健康でいたい。健康でいようと思った。
それで今週から食生活をロカボに変えて、筋トレもちゃんとしたいなと思いパーソナルトレーニングを受けてきた。就寝前の夜ヨガを再開。
新しいことも、昔着手したものの棚上げにしてしまっていることも、計画してやってゆこう。
今年は結局、運勢を見てみると昨年に引き続き凶だったことをいいことに、現実を動かすことは何もせんとこと、やたらと映画館ばかりに足を運んだ。簿記検定も受けずにいて、もちろんそれも来年計画的にやってゆくということで、よろしくお願いします来年の自分、と思う今年の自分が本当に凶運勢だったのかと言われると、無計画で逃避行して停滞させたところがやっぱり凶で、でもそれは別に運勢のせいではなくて自分の心を自分がまとめられなかったせいで生じた凶でしかない。自分の心ひとつで人生のベクトルもすべてのバランスも180度すっかり変わるものなんだよ、吉も凶も結局自分次第でしかないんだよと思いながら今朝はハンドドリップで珈琲を淹れていた。