
映画『教皇選挙』 今年観た映画の中で一番好き
今年5月、映画『教皇選挙』を観に行った。
絵画のような美しさのある映像。
ミステリー要素のあるストーリー。
多言語な台詞がバベルの塔を思わせると同時に、登場人物たちの本音が語られるその時はそれぞれの母語となることが非常に効果的に感じられる絶妙な脚本。
登場人物たちの心情が跋扈するかのようなビート音にストリングスが躍動する音楽。
今年は映画館で映画をたくさん観たが、クリスマスツリーをあちこちで見かけるようになったこの11月下旬の今も、私の中では今年観てよかった映画の第一位はこの作品だなと思う。
ポリコレ要素を含んでいるので、それが嫌いだという人はいるかもしれない。私も行き過ぎたポリコレには辟易するが、本作については行き過ぎた表現ではなく不快にはならなかった。
教皇の突然の死から話は始まる。
悲しみに暮れてはいられない。
次の教皇を決めなくてはならない。
おじたちの静かなるバチバチが繰り広げられる。

神の審判が下るとき
教皇選挙を取りまとめる主席枢機卿のローレンスが、ずっと親友のベリーニに投票し続けていたのに、ベリーニでは無理だ、自分が教皇になるしかないといよいよ野心をむき出しにした途端、それちゃうでしょ!と神からの突然の強烈な右ストレートが飛んできたかのようなシーンには、私も頭を金槌で打たれたような気分だった。さらに最後の最後でものすごい問題提起がされ、観終わった後も「うーむ」と考えたくなる映画。
6月に、ドルビーアトモスで上映されるというからもう一度観に行った。
投票用紙を模したカードが貰えた。

この投票用紙をテデスコが片手で持って目と口と無言でたっぷり主張するかのようにローレンスに目線を送るシーン、なんだか茶目っ気があって好きだった。
今では既にAmazonプライムなどで配信されているようだが、私は配信サービスを使うととめどなく見てしまいどんどん時間を溶かしてしまうからもう利用していない。映画館で観た2回分の記憶を大切にしている。
原作をあまり気負わず読む
10月初旬、紀伊國屋書店の洋書コーナーで原作を見たとき、まだ邦訳版が出ていなかった。(2025年11月17日に邦訳版が出版された。)
私に読めるかな?と懸念したが、話の内容を知っているからついて行けるのではないかと思い読んだ。読了まで1ヶ月もかかり、10月はこれしか読めなかったが、1冊読み切れたときフルマラソンをゴールしたみたいにうれしくて、11月はまた別の洋書を読み始めた。それは字が小さくて540頁ほどもあるので年内に読み切れるかわからないが、英文を読むということへの抵抗感、ストレスがかなりなくなってきている。洋書で英文に親しむのは悪くないと感じる。
知らない単語が多かったが、知らなくてもまずは読むことに意味があると信じた。
ローレンスが信仰に疑念を抱きながら大役を引き受けざるを得ない状態だった。私の場合は完全に個人的に自身の能力に対する疑念があるのみだったが、ローレンスなんてめちゃくちゃしんどい中バランスを取ろうとがんばっているのだから、私もがんばらなければという気がして、疑念を抱きつつも自分への期待のハードルを低く設定して、まあこれぐらいだったらできるでしょと信じてみた。
何度か繰り返し出てくる単語のいくつかは意味を推測して読み進めることができた。例えば、glance, presume, toward, murmur, ballot, chimneyなど。glanceについては、今読んでいる別の洋書でも出てきたので、自動的に反復できていいと思う。
ラテン語から取ってきている単語だとイタリア語で知っているものがあり、すっと入ってくる。Conclave自体、con chiaveなんだろうなあと思ったらやっぱりそうだったし、雑かもしれないけれど、精読した方が身のためなんだろうけれど、だいたいの意味を受け取れればいいことにした。
原作と映画はほぼほぼ同じ。でも原作だと多言語感が皆無だった
アデイエミの「いや、あのとき僕たち若かったし…。」との言い訳に、「いいえ。彼女は若かった。あなたは30だった。」とローレンスが返したシーンなど、ほぼ原作そのまま。
After a while, Adeyemi said in a low voice, 'We were both very young.'
'No,Your Eminence,she was young; you were thirty.'
p.219
映画では、「彼女はとても若かった。19だった。あなたは30だった。」と彼女の当時の年齢も入っていた。
ローレンスの名前が、原作ではロメリ。
ベニテスの出身が、映画ではメキシコになっていたが原作ではフィリピン。
映画で、ベニテスがスペイン語で話すところがぐっときたから、個人的に原作ではそれが味わえなくてちょっと思ってたのと違うってなった。
映画ではわりとイタリア語も聞けたが、原作ではあまり出てこない。投票、開票が終わったあとの、「ドアを開けて!」ぐらいだった。
'Aprite le porte! Aprite le porte!'
p.163
テデスコの食事の仕方でテデスコが貧しい大家族で育ったことをローレンスが察する箇所があった。映画で私はその点受け取れなかった。テデスコがどんな食べ方をしていたかまったく思い出せない。2回観たのに覚えていないのだから、洞察力が全然足りないということだと思う。もっと細かい部分にも気づけるともっと深く楽しめるから、色々気づける人になりたいと思った。
Tedesco had a curious way of eating. He would hold his plate in his left hand and empty it with great rapidity using a folk in his right. At the same time, he would glance frequently from side to side, as if fearful that someone might be about to steal his food. Lomeli presumed it was the result of coming from a large and hungry family.
p.94
テデスコってイタリア人教皇を望むゴリゴリの保守なのになぜテデスコ(意味:ドイツの)という名前なのかと映画鑑賞中に不思議に思っていた。愛用のイタリア語辞書を見ると、たとえばMassimo:マッシモ(男子の名)など載っているが、Tedescoは人名としては掲載されていない。原作のp.62に”Cardinal Goffredo Tedesco”と書いてあり、なんだ、Tedescoは姓なんだとわかった。ドイツ系だけれどイタリア人で保守系なんだとようやく腑に落ちた。
気になった台詞
気になったところに付箋を貼りながら読んでいった。たくさん付箋が付いた。少しだけここに残しておきたい。
The winds and the waves our ship is battling go by many different names-atheism, nationalism, agnoticism, Marxisim, liberalism, individualism, feminism, capitalism-but every one of these "isms" seeks to divert us from our true course.
p.151
世の中には、そんなに”ism”があるのか。私自身の”ism”ってなんだろう。そういえば、エリカ・バドゥのアルバム・ジャケットの裏で”What's your ism?”って書かれてたよなあ。それを見た時も考えたけれど、答えを出せなかったお題。
She started him out with those indomitable blue eyes. She could be guillotined or burnt at the stake; she would not yield. If I had ever married, he thought, I would have wanted a wife like this.
p.259
シスター・アグネス、めちゃくちゃ素敵。そりゃ、そんなことも思うよね。わかる~。
さいごに
選挙ということで、右派と左派の闘いがあり、教皇を選ぶにしても国会議員を選ぶにしても対立というものが起こるものなんだと思った。
突然、118人いる!?みたいに登場する無名のベニテスが、対立ではなく、隣人を愛するということを過酷な教区で実践してきた者であり、ベニテス自身は何の工作もせずにいながら、教皇にふさわしい人物であるとじわじわと多くの支持を集めるに至ったのは、前教皇と神が望んだことだったのだと思う。
ベニテスの特異な登場から、この人が選ばれるんだろうなと序盤から思えるし、ローレンスがベニテスの部屋を訪れた時、配布されたアメニティの中で剃刀のセロファンがされたまま使われていないことに気づくところから、それって?とこちらも思うわけだが、そちらのネタバレよりも、前教皇が亡くなる前にすでにチェスゲームみたいにチェックメイト決めてたんや、すごすぎん?とか、右往左往する票の流れとか、あと一歩というところで失脚する者たちの悲哀など、色々盛り込まれていて地味なはずの話なのに飽きさせない構成がすごい。
終盤、イスラム過激派による自爆テロにもう我慢できない、いつまで我々は我慢するのか?彼らが彼らの主義を固辞するように我々もそうすべきだとテデスコが演説する場面が一番の読みどころだった。テデスコの発言に対し、ベニテスが静かにスピーチを始める場面は、映画館で観た時、イエス・キリストがそこにいて話しているように見え、すごく神聖な場面のように見えた。原作のテデスコの怒りの台詞はダイレクトで激しかった。それに対し、ベニテスの答えはやわらかかった。コントラストがはっきりしていた。映画では、ベニテスがテデスコへ「失礼ながら…。戦争について何を知っているのですか?」から始まり、数日間で感じた教皇選挙におけるみんなの心の狭さを断じるような話をしていて、なんだかその部分は違和感があった。原作では、ベニテスが何かを非難するような言い方ではなく、ベニテスが教皇になることを承諾するところも自然に感じられて、インノケンティウスという教皇名も、本当にそのまま純粋な存在ということで、それ以上でもそれ以下でもないのだろうなと感じた。
先に映画を観ていたから、映画にあった多言語の演出の魅力が原作に感じられなかったところが残念に思ったけれど、原作を読むうちに情報が補完されて、原作と映画、それぞれの体験が合わさってよかった。
やっぱり、書店で本に出合うというのはいいな。
積読が増えてしまっているので、積読を落ち着かせた頃にまた書店パトロールに行き、カフェでゆっくり読書したい。来年になりそう。